ルビ: 《自動修復(オートリペア)》 《自動調整(オートアジャスト)》 ◆教訓:届け出なしの副業はよく考えよう 「──いやあ楽しみだな! 抽選の倍率は相当高いようだが、まあ、応募するだけならタダであるし」 「オーダーメイドの上、ひとつひとつ手作りしているようですからねえ。ディアネットも先日注文したらしいんですけど、上下セットで一着20万Gほどしたらしいですよ」 「高い……! いやしかし、機能を考えれば安いのか? 下着というよりは防具に近いからなあ」 「魔力的な加護もあるらしいですからね。たぶんヘタな鎧より防御力高いですよ、あれ」  とある日の魔王城。  俺が昼休憩から戻ってくると、二人の女性が雑談に花を咲かせていた。  片方はスレンダーな少女体型の魔族──俺の上司である魔王エキドナ。もうひとりは女性らしく色っぽい体つきをしたサキュバス、四天王の魔将軍シュティーナだ。二人は俺が戻ってきたのにも気づかず話を続けている。 「おいお前ら、休憩時間終わりだぞ。なにをそんなに盛り上がってんだ?」 「知らんのか? 城の女性団員の中で話題になっている『ライオンハート』ブランドの下着のことよ!」 「……ああ、アレね。はいはい」  高級下着ブランド、『ライオンハート』。本社の場所、工房の場所はおろか代表者名すら明らかになっていない新興ブランドだ。  そんな怪しい新興ブランドが人気な理由は、極めてシンプル。製品のクオリティが非常に高いからだ。  ライオンハートは着用者一人一人に合わせて完全オーダーメイドで下着を提供している。霊銀布や聖銀糸といった高級素材を使用しているから神聖・魔力的な加護も高いし、《自動修復(オートリペア)》などをはじめとする形状復元呪文が多くエンチャントされているせいで激しい運動をしても全く型くずれしない。身体にぴたりとフィットする一方で締め付ける感じは一切なく、まるで着用しているのを忘れてしまうほどの軽さがあるそうだ。  なぜこんなに詳しいのかって? ……言うまでもない。  ライオンハートはこの俺、レオ・デモンハートがたった一人でやっている会社だからだよ!  というか会社ですらない! 友人づきあいでやむなく下着をハンドメイドしてやってたら、予想以上に顧客が増えてしまっただけだ! 「ライオンハートは実店舗を持っておらんのか?」 「そのようですね。魔光通信を使ったオンライン申し込みだけに絞っているようです。まあ、我々みたく辺鄙な場所に住んでいる身としてはそちらのほうが助かりますが」 「これだけ人気なら、実店鋪をどんどん増やして事業も拡大していけばいいと思うのだが……どうもその傾向はないようだな」 「きっと職人のこだわりみたいなものがあるんでしょう。事業拡大の結果、腕の悪い職人が増えてブランドの評判が急落とか、よくありますし」  違うよ。もともとこんな大きい事業にするつもりはなかったからだよ。  ことの始まりは数ヶ月前──四天王のリリにオーダーメイドの下着を作ってやったのが切っ掛けだ。  十二歳になって身体も育ってきたのに、野生児のリリはなかなか下着をつけようとしない。さすがに魔王軍四天王がこの有様では困る……ということで、俺が直々に(素材やら製法やらを厳選して)、装着してもストレスゼロの超高級下着を作ってやったのだ。  俺は以前、裁縫ギルドのギルドマスターだったこともあるから、その時の経験が生きたわけだ。リリは大いに喜び、それ以来毎日下着を着用するようになり──問題は解決したはずだった。  ところがだ。リリから話を聞いたのか、それ以来魔王軍の女性団員が下着に関する悩み相談を俺のもとに持ってくるようになってしまった。  剣を振るうときに胸が揺れないようにしたい。もっと耐久性の高いものが欲しい。魔力操作を楽にするため宝石を下着に埋め込みたい、防水性の高いものがいい、めちゃくちゃ伸縮するやつがほしい──最初のうちは悩みに合った既製品を紹介したり、知り合いの工房に連絡を取ったりしていたのだが、ひとつひとつ悩みを聞いているうちに『これ俺が作ったほうが早いな』となり、気がつけばオーダーメイドの下着工房の完成というわけだ。  今は後悔している。やらなきゃよかった。  何が困るって……同僚のスリーサイズやどんな下着をつけてるかを知ってると、面と向かって仕事がしにくいんだよ! 男として!  エキドナとシュティーナは未だに『ライオンハート』ブランドの話題に夢中だ。というかこいつら、俺の前で堂々と下着の話題を続けるなよな……。 「チェックリストが細かいのも嬉しいところだな! ほとんどの悩みはチェックリストを提出するだけで解決するし、実際に書かなければいけないのはスリーサイズとその他の備考くらいか」 「そのスリーサイズも『任意』なんですよね。《自動調整(オートアジャスト)》の呪文で最初に装着した人の体型を記憶するから、だいたいの数値がわかればいいとか」 「《自動調整》は発動にそこそこ高額な触媒を必要としていたはずだし、普通にスリーサイズを測ったほうがコストダウンにつながると思うのだが……やはりそこも職人のこだわりなのだろうなあ」  違うよ。同僚女性にスリーサイズ聞くのが嫌だったからだよ。あと、いつかお前ら幹部がライオンハートに下着を注文する未来が見えたからだよ。  エキドナは魔王らしくプライドが高いし、プライベートは極力見せない方針で動いている。シュティーナは(サキュバスのくせに)やたらと貞操観念が高く、下着を見られただけで生娘のように顔を真赤にしてしまう。  もし俺が、こいつらの下着事情やスリーサイズを事細かに知っているとバレたらどうなるか──考えたくもない。だから事前に予防線を張り、『採寸不要・スリーサイズ記述不要・身バレしないオンライン申し込み限定』という形で少数オーダーメイドを始めたのだ。  本当に馬鹿だった……『まあ大した手間じゃないし、女性団員の福利厚生に繋がるならいいか』などと考えてたんだが、得られるリターンよりこいつらに身バレするリスクの方が明らかに大きい。やらなきゃよかった。 「それで? シュティーナはどんな下着をオーダーしたのだ?」 「えっ」  一瞬シュティーナがちらりと俺の方を見る。ライオンハートの事業についてならともかく、自分の下着事情を俺の前で話すのは流石に恥ずかしいのだろう。  だが流石にエキドナから話題を振られてははぐらかすわけにはいかない。シュティーナは赤面しつつ、こほんと咳払いして返答した。 「ぶ、ブラ……ですね。セットでショーツも注文しましたが、そっちはオーソドックスなやつで。その、私は胸が大きいので、呪文詠唱時に腕や指を動かすと多少なりともこう、揺れて目立つんですよね。スポーツブラだとデザインが犠牲になってしまいますし……なので、『揺れを極限まで抑える厳選素材プラン』で注文を。はい。しました」  最後の方はほとんど蚊の鳴くような声だった。頭から湯気が出そうな勢いで赤面するシュティーナをよそに、エキドナは得心したように頷く。 「なるほど。お前の豊満な身体は羨ましいと思っていたが、胸が大きいのも考えものなのだな……」 「エキドナ様はどうなんです?」 「ふふん、聞いて驚け! 我は魔力を込めた宝石を各所に埋め込んだものを注文したのだ! 敏捷性、筋力、魔力、その他あらゆる能力を二段階はアップさせる特注品だぞ! 人間界ではこういうのを勝負下着と言うのだろ!」  違うよ。全然違う。勝負下着の意味を調べ直してこい。 「エンチャントされた宝石の埋め込みですか。それだけの宝石だとサイズも馬鹿にならないですし、装着するとゴツゴツするのでは……?」 「いや、ライオンハートの職人は彫金の腕も良いようでな。宝石のサイズを小指の爪程度にまで圧縮しても効果はそのまま維持できるそうなのだ」 「デザインはどうなんです?」 「あがってきたデザインラフを見たがよかったぞ。ショーツの前面上に我をイメージしたルビーがあしらってあってな。側面にレースが──」 「やめやめやめ! やめろお前ら!」  このままだと下着トークが際限なく続いてしまいそうなので、全力で止める事にした。シュティーナはホッとした顔を、エキドナは憮然とした顔をそれぞれ向けてくる。 「俺の前で延々と女性もの下着の話をするんじゃねえ! というかエキドナ、少しは恥じらえ! シュティーナを見習え!」 「何を言うかレオ! 我ら女にとってどんな下着をつけるかは極めて深刻な問題なのだぞ! 貴様もライオンハートを見習って高級下着ブランドの一つでも企画したらどうだ!」  してるよ! やってるよ! 「……まあとにかくそういう事なのですよ、レオ。あなたは長く生きていて顔も広いでしょう? もしライオンハートの下着職人に会う機会があったら、魔王軍との業務提携について打診してみてください」 「うむうむ。きっと女性の悩みを真剣に解決しようとする、素敵な職人に違いないからな」 「ははは……わかった。わかったよ……」  ここから半年間。『ライオンハート』ブランドの畳みどころを逃した俺は、副業として下着のハンドメイドを続けることになる。  最終的にはエキドナとシュティーナにバレてしまい、彼女らの下着事情を物理的に忘れるまで拷問される事になるのだが──それはまた、別のお話だ。