◆ブラとパンツと犬娘 「――おいリリ! いい加減にしろ!」 「やーだー! 絶対イヤ!」 「嫌とかそういう問題じゃない! 他のやつが迷惑する、というか魔王軍全体の問題なんだよこれは! いい子だから頼む!」 「イヤなものはイヤ! しっぽがムズムズするんだもん!」  魔王城、ある日の朝。勇者レオは一人の少女と必死の追いかけっこを繰り広げていた。  四天王の一角、獣将軍リリ。見た目は殆ど人間だが、狼の耳としっぽが目立つ半獣人(デミ・ビーストマン)だ。彼女が通路を飛び跳ね、二十段はある階段を一息で飛び越えるたびにスカートがひらひらとめくれあがる。 「た、頼む……頼むから……」  そんなリリの背中を追いながら、レオはとうとう悲痛な叫びをあげた。 「頼むから下着をつけてくれ、リリ〜〜ッ!」 ----  ――遡ること数日前。勇者レオと魔王エキドナの元に匿名の意見書が届いた。  所属は獣将軍麾下……つまりリリの部下だ。意見書には端的にこう記してあった。 『――リリ様が下着をつけないので、一部の男性兵士が困惑しています。幹部の皆様のお力でなんとかしてください――』。  獣将軍リリは12歳。まだまだ少女といった年頃ではあるが、それでも身体のあちこちが成長してくる頃合いだ。にもかかわらず彼女が下着を嫌うのは、ひとえに彼女が森の奥深くで育った野生児だからだった。  そもそもリリの生まれは魔王城のある中央大陸ではない。はるか向こう、海を越えた先にあるエルキア大陸だ。それを船も使わず泳いで横断してきたのだから、彼女の野生度は推し量れないものがあった。下着などつけるはずもない。  魔王エキドナはそのとき勇者レオと共に仕事の打ち合わせをしていたが、意見書に目を通すと普段より二割増しの深い溜め息をついた。 「……まいったなこれは。リリの自由を尊重してやりたいが、四天王は我ら魔王軍の中でも最高幹部と言ってよい存在だ。多少は礼節というか常識というか、そういうものも身に付けてもらわねば外交問題に発展する可能性がある」 「そうなんだよな。城の中でならノーパンだろうが全裸だろうが構わんが、今後人間界と交流していくにあたって、もしあいつが下着すらロクにつけていないと分かったら……」  レオとエキドナがほぼ同じ想像をした。  ……12歳の幼い少女を幹部として軍に囲い込み、ロクな文化的教育をしない魔王軍。身体の発育が目立ってきたのに下着すら身に着けていない四天王。どう考えても、どう言い訳しても、魔王軍の倫理観が疑われるのは必至であった。 「レオ。わかっているとは思うが、リリが一番信頼しているのは貴様だ」 「ああ……」 「早急になんとかしてくれ! リリも兵站部門の長として、今後いろいろな国と関わらせていかなければならん。下着くらいは……どうか下着くらいはつけるよう、お前から説得してくれ……!」 ---- 「はあ、はあ……」  すっかりリリを見失ったレオが、子供用の上下下着セットを掴んだ状態でがっくりと肩を落とした。攻撃していいならともかく、広い魔王城で体力オバケのリリと純粋な追いかけっこをするのはあまりに分が悪い。それ以前に、万が一彼女を捕まえたとしても素直に下着をつけてくれるとは思えない。  もちろん投げ出すわけにもいかない。リリの下着着用問題は魔王軍全体の問題だし、魔王エキドナからじきじきに頼まれた仕事だ。もはやレオに取るべき手段はひとつしかなかった。 「……仕方ねえ。これだけはやりたくなかったが、やるしかねえ……」  決意と共にレオが立ち上がり、リリが逃げていった方向の逆へと歩き出す。  向かう先は魔王城の地上3F。――糸や布の加工を行う、織工室の方角だった。  ――そして、数日後。 「はーい! じゃあみんな! 今日はこの物資を人間の街に納品するから、よろしくね! がんばろーねー!」  そこにはいかなる魔術を使ったのか、しっかりと下着を着用して自分の部隊を指揮する獣将軍リリの雄姿があった。ぱっと見ただけでは下着の有無などわからないが、彼女が飛んだり撥ねたりすると獣人用にしっぽ穴を開けた下着がちらちらと見え隠れするのが分かるだろう。レオの隣に立ってリリを見送っていたエキドナが感心したように漏らした。 「ううむ……まさかあのリリが本当に下着をつけてくれるとは。いったいどうやったのだ?」 「地道にやったのさ。"要件定義"をしっかりやった……それだけだよ」 「要件定義?」  要件定義とは、大きなプロジェクトを立ち上げる初期段階に行う作業のことだ。必要な機能やクライアントからの要求をわかりやすくまとめ、仕様として集約する――作るのが剣でも家でも城でも、要件定義がしっかりしていればその分しっかりしたモノが作れるというのは変わらない。今回はそれがたまたま下着だった、という話だ。 「苦労したぜ。下着の話になるとあいつすーぐ逃げ出すもんだからさ。たっぷり3時間はかけっこに付き合ってストレス解消させたあと、オヤツで気を引いて頭を撫でてリラックスさせてやって……」 「それにしても、素直に下着をつけてくれるとは思えんがな。結局なにがダメだったのだ?」 「骨格と体格、それから過去の経験だな。あいつは半分くらい獣人だから、やっぱり身体の作りや運動量が普通の人間とは違ってさ。身体にピッタリ合うリリだけのオーダーメイド下着を作ってやって、かつそれらも良質な素材じゃないとダメだったんだ」  わかりやすいのはショーツの方だ。なんといってもリリには狼のしっぽが生えているから、普通のショーツでは絶対に合わない。尾てい骨を中心にV字型に切れ込みの入った下着を作り、かつそれをリリの運動量でもずり落ちないように補強しなければならなかった。  ブラの方も同様だ。とりわけリリはムチャな運動をすることが多く、普通の布地では耐久力に不安が残りすぎる上、揺れやズレにも対応できない。  結果として、これは《軽量化(ライトウェイト)》で対処することができた。  スポーツ用のブラに《軽量化》を三重がけすることで装着感を限界まで消滅させ、さらに《吸着(アドソープション)》をかけることで肌にピタリと吸い付くようにしたのだ。これならばたとえリリが空中宙返りをしようが崖を垂直に駆け上がろうが絶対にずり落ちる事はない。 「俺が以前、裁縫ギルドの職人をやってたことがあってホントよかったよ。そうでなかったらお手上げだったな」 「うむ、お手柄だったぞレオ。……しかし」  ふと気がついたようにエキドナが顔をあげた。 「採寸はどうしたのだ? あれだけ下着嫌いなら、採寸も絶対に嫌がると思うのだが」 「……俺がやった。やりたくなかったんだが、嫌がるリリに引っかかれて裁縫師が三人もノックアウトされちまったんでな……」 「お、おお」 「おかげで今の俺の城内評価は"泣き叫ぶ女の子を裸に剥いて拘束して胸やら尻やらのサイズを図るロリコン変態野郎"なんだぞ! どうしてくれるんだエキドナ!」 「……すまん。いや、マジで……」  その日から獣将軍リリは下着をつけるようになり、勇者レオと魔王エキドナのもとに部下からの意見書が届く事もなくなった。  だが我々は忘れてはならない。その裏には、レオの人間的尊厳をかけた、悲壮な活躍があったという事を……。