チャットログ:メイン
タケダネットは完全無欠だ。
どこに居ようと行動は監視され、記録され、不正行為の余地などない。
と、だいたいの人間はそう思っている。
だが、人が作りし物に「絶対」はない。
(鎖国。禁酒法。ベルリンの壁。)どんな時でも抜け道はあるものだ。
タケダネットもまた例外ではなく、監視の“穴”が存在する――――。
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「無理ですね。それじゃあ」
眼鏡の男は開口一番そう言い放ち、“ヤマグチ探偵事務所”とペイントされた扉を閉めようとした。
扉は1mmも動かなかった。目の前の女子高生――――市村カナデがギチギチとドアノブを掴んでいる。
眼鏡の男……ヤマグチが深い溜息をつき、カナデがまくし立てた。
「もう頼れるのアンタしかいないんだ!話だけでも聞いてくれよ!」
「だからいま聞いてやっただろ。それで無理だって言ってる」
ヤマグチは心底嫌そうな顔をしていた。表情、声色、それらすべてが『俺を面倒事に巻き込むな』と言っている。
事件のあらましはこうだ。昨晩、カナガワ地区では有名なアンダー・グラウンド・スポット、『魔人コロシアム』が摘発された。
その名の通り魔人達が集ってガチなケンカを繰り広げる地下闘技場で、タケダネットの監視を逃れて思い切り魔人能力を振るえる貴重な場所。日頃抑圧されている魔人達のオアシス――――だった。
ある日の夜だった。何の前触れもなく、信じられない数の侍軍団がコロシアムへ突入してきた。
つまるところ、コロシアムの存在はタケダネットにバレていたのだ。《魔人》達の中に裏切り者でも居たのか、偶然バレてしまったのか、今となっては何もかも分からない。
《魔人》たちはみな懸命に応戦したが、多勢に無勢。次々と鎮圧・逮捕されていった。
カナデが助かったのは本当にたまたまだ。ランク2位の彼女はその夜、ランク1位――――チャンピオンとの戦いを控えていた。
いつもと違う控室。燃え上がる闘志とちょっとばかりの緊張。
勝てば賞金100万円。負けたとしても『魔人能力をフルに使って戦えた』というかけがえのない自由が得られる……最高の気分だった。それが無くなった。
カナデが短距離ポータルを使ってリングにサプライズエントリーするのと同時に、侍達もポータルを使ってコロシアムに殴りこみをかけてきた。
ポータルにも格がある。格下は格上に道を譲らねばならない。短距離ポータルはかなりの安物で、格としては侍たちの最上級ポータルには及ぶべくもない。乱入のあおりをうけ、カナデの通っていたポータルはあっという間にねじ曲がった。
暗転に次ぐ暗転。ようやくリングに出てこれた時にはすべてが終わっていた。
仲間達はひとり残らず逮捕され、コロシアムには人っ子一人いなくなっていた。
地上に出て真っ先に飛び込んできたニュースは
『社会不適合者・魔人の巣窟を排除』
という、魔人コロシアム壊滅の報だった。
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「で?」
「2億ほしい。2億あれば皆を助けられる」
カナデは大真面目に言葉を続ける。
「だから2億稼げる仕事を紹介してほしい」
「無いよ。それじゃ」
ヤマグチは再度ドアを閉めようとした。
びくともしない。カナデがドアをホールドしている。彼は露骨に舌打ちした。
「2億あれば……その、詳しくは言えないんだけど、
知り合いのニンジャに仕事を依頼できる。皆を助けて貰えるんだ」
「なんだそりゃ」
あまりに滑稽な話だった。
タケダネットは完全無欠だ。一度捕まった反社会的勢力は笑えるほど厳重な警備の中で取り調べを受け、そのまま収容所に送られる。
もちろん脱獄など到底無理だ。脱獄計画を立てただけでたちまちバレて懲役が100年ほど上乗せされるだろう。
「脱獄でもするのか? そのニンジャに手伝ってもらって?」
「するし、罪も白紙にしてくれるんだって」
「誰がそんな事言ってた」
「ニンジャが約束してくれた!」
ヤマグチはドアノブから手を離した。かわりに眉間を抑える。
長い付き合いだから分かってはいたが、この娘は本当にバカだ。なにせ疑うという事を知らない。本能だけで生きているような生命体だ。
何故このバカが《魔人》として今日まで生きてこられたのか、さっぱり分からない。
「だから頼むよ。2億の仕事、紹介してほしいんだ」
「……」
「どんな危ない仕事でもいいから!」
沈黙が訪れた。カナデは説得のカードを切り終えたのだろう。じっとヤマグチを見ている。
ヤマグチはその目線を受け止めたまま考え込んでいた。2分が経過し、5分が経過する頃、ようやく口を開いた。
「希望崎学園だ」
「希望崎学園?」
オウム返しする目の前のバカには答えず、ヤマグチは自分の携帯端末を放り投げた。バカがキャッチする。
端末では動画が再生されていた。写っているのは、能力を駆使して戦う二人の魔人の姿。
カナデが所属しているコロシアムのものではない。動画の隅に『希望崎学園』のロゴが入っている。
「なに?これ」
「お前のいたコロシアムと同じだよ。タケダネットの監視を潜り抜けて行われる武闘会……と、その招待状」
動画の再生が終わり、メール文面が表示される。
差出人は匿名掲示板『希望崎学園』の管理人、きっぽちゃん。
本文欄にはただこのように記されていた。
あまりにも簡潔すぎる文面だった。
・参加者募集!魔人の力を存分にふるってみませんか?
・これはタケダネットの監視を潜り抜けて行われる、3時間だけの武闘会です。
・一勝すれば賞金300万円。
・優勝者には賞金2億円。
・敗北したとしても、貴方はこの世界では得難い“自由”を味わうことができます。
・諦めていた“自由”を、この武闘会で手に入れてみませんか。
夕焼けの探偵事務所。
紫煙をくゆらせるヤマグチがブラインドに指をかけ、外の景色を見、指を戻す。おもむろに口を開いた。
「俺は罠だと思ってる。タケダネットのな……これを」
「参加する!!」
バカ娘が大声をあげた。
ヤマグチが何か言うより早くバカの口が動いた。
「絶対参加するよ!」
「あのな」
「だってこれ、2億だよ!」
「あのさあ!」
タバコを力の限り灰皿に押し付ける。
「罠だよ、これは! 集まった魔人を一網打尽にするつもりなんだよ!」
「でも“タケダネットの監視を潜り抜けて”って書いてあるよ」
「建前だよ!そうでも言わねえと参加者が集まらねえだろ!」
「でも、優勝したら2億って……」
「そうでも言わねえと参加者が集まらねえだろ!」
怒鳴りつけながら、何故このバカは懲りないのだろうと思った。コロシアムで一度痛い目を見ているのに。
しかもコロシアムが摘発されたのは昨晩の話だ。24時間も経っていないのにもう警戒心をなくしている。動物園の猿よりも学習能力がないのではないか。
「お前には警戒心がねえのか!」
「あるよ」
ぽつりとカナデが口を開いた。
「コロシアムも同じだったもん。タケダネットの監視を潜り抜けて……ってみんな言ってた」
「そのコロシアムは滅んだんだよな」
「うん。だからこれも、二匹目のドジョウを狙った罠かもしれない」
淡々と言葉を続ける。
「でもさ。行ってみなきゃわかんないよ、罠かどうかなんて」
「……」
「2億稼げるかもしれない。皆を助けられるかもしれない。
その可能性があるなら、あたし、行ってみるよ
「罠だったらどうする」
カナデが苦笑した。
こいつはいつもこうだ。答えに窮すると困ったように笑いやがる。
「どうしよっか!」
「……ハァー」
ふたたび沈黙が訪れた。
カナデはヘラヘラと笑ったまま、ヤマグチの方は頭を抱えてデスクに突っ伏している。
10分が経過し、1時間が経過し、ブラインドの外が闇に包まれた。
――――翌朝。
けっきょく、根負けしたのはヤマグチの方だった。
彼はこのあからさまに怪しい武闘会に彼女を送り出す事を決定し、武闘会のスケジュールや登録手順など参加に必要なあらゆる情報をカナデに手渡した。
ヤマグチは口の悪い男だが、悪人ではない。自分の事を気遣って説得してくれているのが分かった。それがカナデには嬉しかった。
《魔人》は抑圧され、厳しい監視を受け、理解者は少なく、危険因子扱いされている。
それでも居るところには理解者がいる。
それが嬉しかった。
タケダネットは完全無欠だ。
どこに居ようと行動は監視され、記録され、不正行為の余地などない。
「それでも、皆を助けられる可能性が1パーセントでもあるなら……」
市村カナデは歩きながら思案する。
「……うん。やってみよう!」